ヤマグチさんの電話

仕事用の携帯電話が鳴るたびに一瞬ひやっとする。知らない番号ならなおさらかしこまる。よし取引先来るなら来い!と、うんとよそ行きの声で出る。「こちらヤマグチさんのお電話ではないですかね」「ちがいますー」。半年に1度ほど、私の携帯電話にはヤマグチさんを求めて電話がかかってくる。
かけてくるのは主に業務ぽい女性で、実に事務的に「失礼いたしました」と去っていくので特に気に留めていなかった。それがこの年末、もう仕事も納めたわという31日20時に留守電が入っていた。取引先やったらとんでもないことに…とおびえながら留守電を聞くと「あーヤマグチさん?久々にヤマグチさんの声聞きたいと思ったんだけど、ヤマグチさん出ないからさー。正月で息子帰ってきてんだわ、あ、今息子に代わるね」とえんえん続く息子語り。今まで透明だったヤマグチさんが浮き上がってきた。
かけ直したほうがいいかな、と思っているうちに着信履歴は積み重なり、留守電のメモリーも消えてしまった。この間の電話の主から推測するに、どうやらヤマグチさんは初老の男性らしい。あの電話以来、うすーくヤマグチさんの幽霊がひっついているように思う。番号なかに生きてるヤマグチさん、本物もどうか元気でいてね。